『ちっこ房だより』~エコ・スタイルな〈住まいのくふう〉と〈シンプル木工〉のすすめ~

〈気もちいい暮らし〉のあれこれ話し…〈自己満足〉な空間づくりめざして…ひと任せじゃない、マイ・チャレンジの…〈木づくり人〉からのメッセージ集です。

ぼくの〈エコ・スタイル〉な住まいのくふう / 〈第1期〉リンビング床暖房のこと-④工事3日目-

※ぼくのメイン・ブログ『どこゆきカウントダウン-2020-』もご覧ください。
 記事掲載の基本は、祝日をのぞく〈月・火・木・金〉です。

 



◆ホカッ…ときた!

 3日目。
 新しい床材を張って、いよいよ仕上がる日。
 きょうは、東京ガスの機器設置トレーナーと大工さんの2人。

 温水マットを敷いた上に、上張りの化粧単板はガス温水床暖用6mm厚(朝日ウッド・テック社製)。
 〈単板〉というのは、別名「ベニヤ」。
 材木を薄く削った板のことで、これを接着剤で貼り合わせプレスしたものが「合板」だが、日本では「合板」も「ベニヤ」と呼んでいる。

 ちなみに、合板は単板を3枚・5枚・7枚…と、奇数枚、貼り合わせつくるが、これは単板の木目を互い違いに張り合わせることで強度をもたせるため。
 そこで、内側の単板より外側の単板に仕上がりのキレイな(アラのない)単板をもってくることになる。

 工作やインテリアによろこばれる「シナベニヤ」というのは、内側には肌のアラい輸入ラワン材、外側に欠点の少ない「シナの木」の単板を貼ってある。

 「化粧単板」というのは、ざっくり言えば、仕上げ用の「きれいな合板」ほどの意味で。 
 表面にくる単板には木目や材の色艶の美しい樹種が選ばれ、ほとんどがその上にニスなどの塗装が施され、「天然銘木」と称されている(この呼び名はヨロシクない)。
 
 前にお話したとおり、ぼくん家のリビング、旧床材は落葉松〔からまつ〕の無垢材フローリングであり、本統の実質からいえば「化粧単板」など比べものにならないものなのだ、が。

 温水床暖房のマット敷きでは、板に熱負荷がかかるため、無垢材ではどうしても「反り」や「歪み」が生じやすい。
 これを「木が暴れる」というのだが、アバレを少なくするためには化粧合板のほうが優れている…だけではない。
 板の厚みも、「床暖房」にとっては重要なポイントだから、最低でも15mm厚くらいは必要な無垢材フローリングでは熱効率がよくない、ということもあるのだった。

 ぼくたちは、いろいろ種類のあるなかから、「ブラックチェリー」材を選んだ。
 もっと若いときだったら、濃い目の「オーク」とか「マロン」にしたかも…だが、齢もあり、気分を明るくする色気のもにした。
 人の全体重をのせた足で踏まれる床だから、もちろん材は最高級。

 もうひとつ。
 6mm厚の「化粧単板」は、100mm幅の板を3枚あわせた感じに、300mm幅が1枚の造り。
 これは、床板でも壁板でも、1枚の板幅は狭いほど仕上がりがきれいで、高級感もあるからだ。

 これを、キッチリと隙間なく、接着剤でもじどおり「貼り」つけていく。
 無垢材のフローリングの場合は、「フロアー釘」と呼ばれるスクリュー型の金具で打ち付けて「張る」から、ふつう接着剤は使わない。このへんにも、材料によるチガイがあった、けれども。

 ともあれ
 仕事はさすがいに手慣れたもので、段取りよく、作法どおりの「突きつけ」で、いい出来栄えに仕上がり。
 大工さんは、午後早めに職分を終え、ひとあし先に引き揚げた。

 あとは、機器設置トレーナーの仕事。
 見切り材で四周を確認しながら仕上げ、外に出て給水配管と配線類の最終確認をして。
 通電・通水、「床暖」のテスト&確認(写真、最下段左)、のってみると確かに「あったか」かった。

 すべての片づけを済ませ。
 おしまいに、リモコンの使い方を説明してもらって、予定どおり、めでたく終了。
 この日は、秋彼岸の明け、3時のお茶に「明け団子」を用意してあったのだ、けれど、「キリをつけてから」ということで仕事を終えてからの接待になり。
 そろそろ暗くなる頃に引き揚げて行った。

 あとのポッカポカ床暖リビングに、ぼくたちは幸せ感をたっぷり味わう。

  ……………

【後日談】
 〈床暖〉設置は9月末のことだった。
 工事完了の日と、その翌日にテスト導入した後は、冬の寒さに見舞われるまで〈待機〉期間に入ったのだ…けれども。

 それから、ひと月も経たない10月に入ってまもなく、台風19号の接近に伴って俄〔にわ〕かな冷気に見舞われ、〈床暖〉のスイッチを入れ、同時に〈操作マニュアル〉をじっくり読みこんだ。

 そこで想ったのは、〈床暖〉設置を決めたとき、一抹の危惧としてあった(これは甘やかしすぎではあるまいか?)ということ。
 齢はかさねても、身体にこれといった不具合を感じているわけでもなし。
 いや、むしろ(わが人生でいまがいちばん体調はいいかもしれない)くらい。

 「ちゃっぷい(寒い)」からといって、ストーブやエアコンの〈暖房〉に齧りついていてはイカンだろう…と。
 そんな危惧をふりきった想いが、(頭寒足熱、足もとを温めて身体を動かしやすくするのダ)だったが、正直(とかく身体は楽をしたいもの)一抹の不安は拭えなかった。

 しかし……
 そんな〈不安〉も〈危惧〉も、わずか1日、感覚を研ぎ澄ませて様子を見た結果、消し飛んだ。
〈暖房〉の温もりは、温度をほんとに〝適当〟に保つかぎり(甘ったれる)ほどのことはなく、(30分以上は座りっぱなしにならないように)さえ心がけて、ほかの室内空間に移動すれば、むしろ温度変化によって身体が活気づくことを発見。
 
 ただし、できるかぎり
 〈裸足〉でいること、が条件。
 そこで、さて
 どこまで厳寒期をガマンしてとおせるか…後日の報告を、お約束しておきしょう!
 



ぼくの〈エコ・スタイル〉な住まいのくふう / 〈第1期〉リンビング床暖房のこと-③工事2日目-


 




◆つっかえるなョ!

〈床暖〉工事の2日目は、旧床材を撤去&下地を調整した上に、「温水マット」の敷き込み。
 わが家のリビングは約5坪(16.562㎡)あり、そこに広さ4畳のマット2枚を敷き並べる(四周に余地がのこる)感じ。
 これで〈床暖〉使用時には、「A単独」「B単独」「A+B」3つの選択ができることになる。

 5.5mm厚の保温シートの中を、温水の流れる細い配管が張り巡らされており、ここにエネ・ファーム(家庭用燃料電池コージェネレーションシステム)からの温水が配給される仕組み。
 したがって、これもまた精密、丁寧が要求される仕事。1日がかりでリモコンの取り付けまでが行われた。

 この日、ぼくがシンパイした場面は、東端にあるエネ・ファームから、西側のリビングまで配管を通す床下工事だった。
 ぼくも建物の建築を知るため、とくに、わが家の成り立ちを知っておくために、キッチン床の開口から床下へ潜って見たことがある、のだけれど。


 ぼくの身長、いまどきの体格からすれば大男の部類には入らないが、170cmあり、この図体だと穴に体を入れることからしてすでに窮屈、とても床下を這っていくことはできなかった。
 万が一、途中でつっかえたら、どうにもならない不安もあったから、なおさらだ。
 
 そんな経験を踏まえているボクだから、床下工事にはより関心をもたざるをえない。
 東京ガスのスタッフのなかに、小柄な一人を見つけたときには、(あぁ、彼が〝潜り屋〟だな)すぐにわかった。
 訊ねてみれば、まさにそのとおりで、そんな彼も「一度だけ、つっかえてしまったことがあります」とのこと。そのときは、仲間の手を借りてなんとか脱出することができた、という。
 
 しかし、わが家ではシンパイするほどのこともなく、すんなりクリア。
 (ほっと、胸をなでおろす)
 考えてみれば、同じ戸建てにも、家の大きさや立地条件、敷地・建物の形など、さまざまな条件によって床下の構造も変わるわけだから、もっとキビシイ現場はいくらでもある、ということなのだろう。

 それでも、しかし……家人もいちばん、草臥れた1日は……
 エネ・ファームからの通水テストまでを済ませて、終えた。



ぼくの〈エコ・スタイル〉な住まいのくふう / 〈第1期〉リンビング床暖房のこと-②工事1日目-


◆〝エコ・リフォーム〟の記録

 リビング床暖房、いよいよ工事の始まる時期がきて。
 ぼくは、「わが家リーフォ-ム」の記録ファイルから、「1階/リビング」の項を探しました。

 ぼくは、都立品川技術専門学校に学んで、DIYアドバイザーの資格を取得。
 それから『あなたにもできる 住まいのエコ・リフォーム』の本を出版、そしてエコ・リフォーマーの活動も始めたのですが。
 …と同時に、その実際と実地検証、テスト施工と見本づくりを兼ねて、まず、わが家リフォームを手掛け。
 その諸要点から費用のことまで、記録にのこしていきました。

 ですから、とうぜん「1階/リビング」の項ものこっているはず。
 ところが、なんと、それがナイ。しかも、その項目のすべてが、すっぽり抜けている。
 …ぼくは、さんざ思い倦〔あぐ〕ねて、ハッと気がつきました。
 そうです!

 思いたって始めた、わが家のエコ・リフォーム。
 最初に手掛けたのが、このリビングで。なにしろ無我夢中で施工に集中した結果、後で気がついたら記録をとるのも忘れていた…というドジな話し。これに懲りて、つぎの場面から記録をとるようになったのでした。

  ……………

 そんなわけで。
 なお、懸命に(ナニか断片でものこっていないか)と探しまわって、やっと見つけたのが、冒頭の写真。
 これは、床・天井をすませて後、壁板張りの頃。

  ……………

 ちなみに、このときのエコ・リフォームでは、
  ・床を、15mm厚、「落葉松〔からまつ〕の無垢〔むく〕材、本実加工フローリ
   ング」張りに。
   (旧くは、起毛カーペット敷き込み)
  ・天井を、12mm厚、「焼杉磨き出し、無垢羽目板」張りに。
  ・壁を、15mm厚、「桧無垢、本実加工板」張りにしました。




  

 上の写真は、このたび、家具類を片づけ、「床暖」工事前のリビング。
 (上段)が南側、(下段)が北側。
  〇上左=南東角 〇上右=南西角 〇下左=北東角 〇下右=北西角
 東隣室には、旧リビングから移した書棚(北東)や、旧ワークルームのパソコンデスク(南東)が見えています。
 北隣室はキッチン(北西)、南西のガラス戸越し見えているのは、工房「ちっこ房」の壁。

 わが家のツー・バイ・フォー建築は、築4〇年ながら、みずから天井裏や床下などを点検した結果、とにかく構造は、まぁまぁ、しっかりと出来ていて、まだ充分に保〔も〕つ、感触を得ましたし。

 もともとが、壁構造のツー・バイ・フォー(和風建築は柱構造)は地震につよい特性がありますから。
 これをエコ・リフォームして生かすことにした、わけでした。



◆1日目は、旧床材の撤去 ※上の写真

 工事は、東京ガスの床暖スタッフ2人に大工さんを加えた3人体勢。
 すべてを解体となれば、バリバリ乱暴な仕事になりますが、室内のリフォームとなると一転、ほかに傷がつかないように慎重です。
 壁や、のこった家具類はビニールシートと養生テープで保護。

 工事は、さすがに丁寧なもので、撤去材が出れば、すぐに片づけていく、という按配でテキパキ手際もいい。
 これは1日目は楽勝で早めに仕事を終えるかと思っていたら…なかなか、やっぱり、そうは問屋が卸さない。
 大工さんから「下地が傷んでいるので、補強と張り替えが必要」と宣告される。
 (上の写真、下地にシミのように残っているのはカーペット敷き込みの接着剤の痕)

 じつはリビングの床、しばらく前から、踏むと軋むところがあるのが気になっていました。
 どこのお宅でも、年数が経てば床に軋みは出てくる。
 釘の緩み程度のこともあるけれど、たいがいは床板そのものか、下地が傷んでいます。

 狭い範囲なら一部の張り替えで済むが、こんどの場合は部屋の中心部(足で踏む頻度の高いところ)が広範囲に傷みが見られたので、床暖安定のためにも、周辺の一部をのこして下地から張り替え。

 (ちなみに、右上の写真は、ぼくがリフォームを手がけたS家の廊下)

 工事は夕方遅くまで延長になり、工費も見積もりより嵩むことになるが、やむをえない。こういうことも、実際に工事を始めてみないとわからない、リフォームにはつきもののこと、といっていいのです。




 

 下地用の9mm合板を張り替え、さらに、その上に調整用の3mm合板を重ねて、1日目の工事は6時半ころに終了。
 お疲れさま…は、見守って待つしかない家人も同じ。

 上の写真で、床下の乾いているのがワカルかと思います。
 万が一、床下が湿っていたら大問題、家が土台から腐ってしまいますから早急な処置が必要です。

 ちなみに、戸建てのお宅には、「シロアリ駆除」の業者などが、点検サービスと称して潜りこみ、結果「湿っているところがあるから、手当てしておいた方がいい」などと言われることがあります。

 家人には見えないところの話しなので、アヤシイことも少なくありません。
 そんなときにイイ知恵は、「証拠の写真を撮って見せてください」と申し出ること。丸呑みに信じてしまうのはキケンです。

 なお、下の写真は、ぼくが手がけたエコ・リフォームの例。
 このお宅では、傷んできていた合板のフローリングから、肌ざわりの柔らかい国産無垢の杉板材フローリングに張り替えました。


👈

 

ぼくの〈エコ・スタイル〉な住まいのくふう / 〈第1期〉リンビング床暖房のこと-①片づけ-



 

 

 

 

 

◆忘れず…生かせるか〈経験〉

 昨秋はじめ北海道、胆振東部地震があったとき、ぼくは海峡を挟んだ青森県下北半島の大間港に近いビジネスホテルにいました。
 早暁。その規模を上まわって大きい被害を報道で知りました、けれども……


《11.3.11》東日本大震災、被災地東北支援の旅をつづけてきた身に、退却の選択肢はなく。
 朝便の海峡フェリーで、函館へ渡り、噴火湾沿いに伊達市、登別、室蘭を経て、震源に近い厚真町を訪れ、3日後に混乱をきわめれる苫小牧の港から、急遽、わが家に戻るフェリーに乗船したわけです。


 このとき、あらためて痛感させられた、こまかい留意事項については、これから書きすすめていく記事のなかで、追い追い、ふれていくことになるでしょう…が。

  ……………

 帰宅して、間もなく。
 東京ガスの機器点検があり、これはガス漏れほかの定期点検で、同じエネルギー部門でも、たとえば東京電力などにはない、いわば〈寄り添い〉サービス。
 ほかの利用者たちからも好評の声が少なくありません。


 どこにも、どんな場合にも〈意外〉は付きものですから、全面信用…とまではいきません、けれども、歓迎すべきいい姿勢には違いありません。

 その派遣社員と、あれこれの会話やりとりから、災害時のエネルギー備蓄「エネファーム」の話しになり、「蓄電」の話しになりました。

  ……………

エネファーム」は、家庭用燃料電池コージェネレーションシステム(略称=コジェネ、熱電併給)の愛称。08年に家庭用燃料電池の認知向上を推進する取り組みとして、企業などに関係なく決められた統一名称で、発電もしますが、あくまでも家庭などでの節電が主目的です。

 都市ガスやLPガス、灯油などから、改質器を用いて燃料となる水素を取り出し、空気中の酸素と反応させて発電するシステムで、発電時の排熱を給湯に利用。発電出力750 - 1000Wほど。
 ちなみに、発電には水素を用いるため二酸化炭素が発生しませんが、改質で水素を取り出す過程では二酸化炭素が排出されます。

 つまり、現状では高価格などのデメリットはあるけれども、〈省エネ〉の観点からは近未来的なエネルギーシステムといっていいでしょう。

  ……………

〈いい環境〉志向のボクは、「エネファーム」が始まったときに、そのシステムと実物を見学していましたが。でも、まだ現実的には感じられなかった。価格が(いまよりも)高かったこともあります。


 もっと前、太陽光発電が脚光を浴びたときにも導入を考えたことがあるけれども、やはり、まだ現実的ではなかった。それに、わが家の場合には、後を継ぐ子がなかったこともあって見送りになりました。

 しかし、その後に、あの《11.3.11》東日本大震災があって、「オール電化」を謳い文句にしていた東電(東京電力)の大失態を見せつけられ、さらには、こんどの胆振東部地震では、また、北電(北海道電力)の大失態から全道ブラックアウトがあり…で。


 ぼくのエネルギーに対する〈いい環境〉志向は、一気に高まらざるをえませんでした。

〈電力自給〉までは難しいとしても、電力大会社にきちんとモノが言えるスタンスでいたい、と思ったわけです。

 そこで、夫婦二人、熟考の末に「エネファーム」と、あわせて「ガス床暖房」の導入を決めました。


 すでにお話したとおり、ぼくたちは、少なくともどちらか一人が、なんとか日常生活を熟<span style="font-size: 80%">〔こな〕</span>せる間は、この家で暮らす覚悟。
 そのためには〈老後のいい環境〉は不可欠と判断、おまけに、とくにボクは暑がりで寒がりという、じつにヤボな体質だもんですから……

◆いざ…片づけ

エネファーム」はすぐ、18年の初冬に設置。
「ガス床暖房」の方は、翌年秋の工事にしてもらいました。

 …というのは、床暖房の工事をするには、導入するリビング(16.6㎡=約5坪=10畳)一部屋を空〔から〕にしなければならない。
 もっともダイジな生活空間ですから、家具・設備ほかのモノが多い。これは大事〔おおごと〕です。

 もうひとつには、費用の工面〔くめん〕年金生活者にとっては、これまたオオゴトで、じつは熟慮の大半はココにあり、でした。
 8年間21度にわたってつづけてきた、《11.3.11》被災地東北・巡訪の旅を、急遽「とりやめ」る決断が必要でした。
 
  ……………
 
 ときに〈片づけ魔〉にもなれる…ぼくはキホン〈片づいて生きたい人〉です。が…
 この齢になると、人生を片づける気味がましてきて、ちょっとシンドイ気分がないでもありません。

 それでも、おなじ一部屋を片づけるのなら、このチャンスをのがす手はありません。
 住まいは、時とともに事情もかわります。人は、ほとんどがふだん、多かれ少なかれ、めんどうだから模様替えをガマンして暮らしています。ですから、むこうからやってくるチャンスこそ、いただき!

「床暖」にするリビングと隣室、ぼくたちが「ワークルーム」にしている部屋との関係をメインに、新しい空間デザインを考え、そのうえで〈片づけ〉と、できる〈下ごしらえ=手づくりリフォーム〉にとりかかりました。

 上掲写真、上段は、旧リビング/南西のコーナー。
 手づくりの抽斗〔ひきだし〕台の上に、一枚板の天板をのせた、テレビ台兼オーディオ・スペース。

 この天板が北海道産のイチイ材(赤身に縁が白っぽい)、幅900mm×長さ1800mm×厚さ80mm(つまり半間×1間)というデカ物。

 木材に詳しい方にはおわかり…かと思います、大木は珍しいイチイ材としては貴重な品ですが、なにしろ重い。量ったことはない…が、60kg以上はあるでしょう。


 函館住まいのときに購入した、もとは座卓だったのを東京に持ち帰り、同材の脚を苦労して鋸で切り、天板にした想い出の品でもあります…が。

 

 最終的には持ち主の使い勝手にかかっています。
 これは、新らしいプランでは、サイズを縮小(もちろん、こんども自分で切る)して、パソコン・デスクの天板にするつもり。

 現状、テレビ台の壁上に造り付けた書棚・飾り棚類もすべて、いったん撤去。

 

 上掲写真、下段は、若い頃に購入して重宝してきた、奥行きも2段構えの書棚。現在は、オールラウンド収納棚。
 2段に分かれて、幅1350mm×奥行480mm×高さ2000mmと、これまたデカい。

 

 これは、新プランでもワークルームで活用するつもりで…しかし、場所を移すのに大騒ぎ。
 若いときには大したことなかった重さが、いまではズッシリ、肩から腰へと悲鳴をあげる身体こらえて、休み休み、一部屋移動になんとか成功。
(もう、これから先、さらなる移動は、自力では無理でしょう!)

 ……と、まぁ。
 ざっと、こんな騒ぎがあったわけです。
(ホント、正直、楽じゃありませんでしたネ)

ぼくの〈エコ・スタイル〉な住まいのくふう   〈序-はじめに-〉〝わが家〟のざっと見

※ぼくのメイン・ブログ『どこゆきカウントダウン-2020-』もご覧ください。

 記事掲載の基本は、祝日をのぞく〈月・火・木・金〉です。 


(写真は04年3月)

◆この家を棲み家に…

 ぼくが、いまの家に越して来たのは1978年(昭和53)の晩秋。
 家は野村ホ-ム(野村不動産)の建売分譲住宅で。

  〇敷地=201.75㎡(61.02坪)
  〇延べ床面積(建坪)=107.60㎡(32.54坪)
         ※1階=66.24㎡、2階41.36㎡ 
  〇ツーバイフォー工法の2階建て、4LDK(築41年)
    
 両親の老後を養うのによい環境を求めて、京浜工業地帯の川崎(神奈川県)から移り住んで40年余になりますが。
 幸い建物・建築にはアタッタようで、通常のメンテナンス(それはキチンとしてきたつもり)のほかは、これといった面倒(大工事の修繕など)を経験せずにきて、おかげさまで、いまだに不都合はありません。
 家は住まい方ですね。

 父母ともに、この家からお浄土へと旅立って。
 いまは、この家で青春後期からの人生を歩み、齢をかさねてきた、ぼくたち夫婦だけの暮らし。
 子はなく、いちどは、売却の途〔みち〕を考えたこともあります。

 ちなみに
 2017年(平成29)に不動産会社に査定してもらったときの。
  〇推定価格=3,147万円
  ※これには、別棟の工房(ちっこ房)は含まれていません。

 この家の立地は、東京都の多摩地区、町田市の郊外。
 最寄り駅へ、徒歩約10分(650m)。
 あとは、バスで3つの駅へ約15~25分の距離にあります。

 これからの〈少子高齢化社会〉、土地柄としては〈敬遠されがち〉にちがいなく。
 その筋の専門家の見方も、「東京オリンピックまでは、まぁ上向き…」ながら、以後は「不透明」とのことでしたし。
 ぼくたちも(そんなもんだろうな)と思っています。

 それでも、「2人で元気なうちは、この家を終〔つい〕の棲家に」と決めました、ワケは。
  ①福祉・介護施設の〈キャパシティー不足と質〉の問題、民間施設の場合には〈高額〉がネックであり。
  ②もっとだいじなのは、老齢になっても〈自立と共生〉の気概がなくては〈楽じゃない〉のは同じだったから。
 でした。

 しかし、だからといって、けっして〈ガンコにはなるまい〉覚悟でいます。
 つまり、いまは〈げんき〉でも、これからなんらかの〈不都合や無理〉が生じたときには、その〈解決に全力〉を傾けようと思っています。
   



◆エコ・リフォーマー

 それと、もうひとつ。
「この家」を無下にしたくなかったのは、工房「ちっこ房」の存在。というのも

 ぼくが、それまでの著作・編集デスクワークにひと区切りをつけたミレニアムの2000年(平成12)。
 あらためて、自身の本心・本音とつきあう日々をすごした結果、「木、紙、土」に寄り添って生きよう、と思いきめました。

 いま考えてみれば、それは、旅のジャーナリストとして全国津々浦々を見てまわるうちに気づかされた、日本の風土から個性が失われていくという事実でした。
 敗戦国ニッポンが、驚異的な高度経済成長を遂げて発展し、貧しかったむかしの暮らしから解放されたことは確かでした…けれども、そのかわりに失ってしまった、とりかえしのつかない大きなものが自然とのつながり
 
 日本じゅうのマチはいうまでもなく、ムラまですべての住まいと暮らしの空間が、「文化住宅」という名の画一的で無個性なものに、すっかりとって代わられてしまったことが、その根源にありました。
(なんとかしたい)野望をいだいたわけじゃありませんが、どこかに息抜きの風穴くらいは開けてみたかった。
 日本の木造文化の見直しです。

 そこで「都立品川技術専門学校」の門をたたき、「DIYアドバイザー科」に1年通いました。
 ほんとうは「木工技術科」に入りたかったのですが、年齢(30歳以下)制限があって…
 この学校は、いまも「都立城南職業能力開発センター」に名を変えてありますが、DIYアドバイザー科はなくなっています。
 
 ぼくにとっては、〈手直し〉でした。
 …というのは、もともと〈ものづくり〉が好きだったぼくは、独学でそれまでに、ひととおりの家具・建具・内装技術を身につけ、道具も必要なものは最低限は揃っていました、が。
 あくまでも見様見真似の自己流でしたから、このチャンスにしっかり基礎を学んで、点検と修正をしておきたかったわけです。

 おかげさまで、DIYアドバイザー科は、そんなぼくにうってつけ。
「木、紙、土」に寄り添う知識と技術を、短期間に、オールラウンドで身につけることができました。

 世の中は、その頃、化学物質過敏症に悩む人たちが増え、子どもにはアトピー性皮膚炎が多発して、社会問題になっており。
 ぼくは、学校に通いながら、人の健康に害をおよぼさない素材の勉強にも励んで。

 技術学校をおえた翌2001年にはDIYアドバイザーの資格を取得。
 同じ年の秋には『あなたにもできる住まいのエコ・リフォーム』を執筆・出版。
 みずからライフドクタースタイルのエコ・リフォーマーライフ・ケア・マネージャーとして、木工制作インテリア・リフォーム手づくり教室といった活動をはじめました。

 その後には、エコと健康に関連して福祉住環境コディネーター樹医フット・レッグ・セラピストの各資格も取得して、指導と制作にあたる日々。

 そこで、必要・不可欠になった工房、和風木造の「ちっこ房」2004年に建築。
 この仕事場ができたことでハズミがつき、まず〈見本〉展示も兼ねた、わが家のエコ・リフォームからすべてが始まった、というわけです。

 その一部始終を振り返りながら、ひとつの日本の住まいの考え方、そこから生まれる気もちいい暮らしのあれこれを、お伝えできれば…と思います。
 工房「ちっこ房」が、そのすべての中核。

 ぼくの、こんな考えと実践を、参考にしてくださる方があれば、うれしい。
〈一期〔いちご〕の幸せ〉というものです。